概要
政府の首脳50人が1年10か月かけて欧米12か国を回った。条約改正は果たせなかったが、何を作るべきかを見た。
関わった人(4)
岩倉具視1825年–1883年 · 全権大使大久保利通1830年–1878年 · 副使木戸孝允1833年–1877年 · 副使伊藤博文1841年–1909年 · 副使本文
岩倉具視を全権とし、木戸孝允、大久保利通、伊藤博文ら 政府首脳が揃って国を離れた。 留学生を含めて100人を超える。 政権中枢が1年10か月も不在になるのは異例になる。
目的は条約改正の予備交渉だったが、 最初のアメリカで、その前に国内法の整備が要ると分かり、 以後は視察に切り替えた。
見たのは、工場、議会、学校、監獄、鉄道。 イギリスの工業力、ドイツの後発国としての歩み。 ビスマルクに会って、 小国は万国公法だけでは守られないと聞かされている。
留守政府が進めた改革(徴兵令、地租改正、学制)と、 帰国組の方針が衝突し、 征韓論の対立から西郷らが下野することになる。