概要
鎮圧の後、ムガル帝国は名実ともに消え、インドは英国の直接統治下に入る。
場所
デリー
28.61°N 77.21°E · インド
28.61°N 77.21°E · インド
本文
東インド会社のインド人傭兵(シパーヒー)が蜂起した。
きっかけは、新式銃の薬包とされる。 牛と豚の脂が塗られているという噂が広まった。 口で噛み切って使うため、 ヒンドゥーにもムスリムにも禁忌になる。
その噂が火をつけた。
背景には、 藩王国の併合政策、 土地制度の変更、 そして宗教への干渉への不満があった。
デリーで、ムガル皇帝バハードゥル・シャー2世が 名目上の指導者に担がれた。
1年余りで鎮圧された。
処置が苛烈だった。 村ごと焼かれ、捕虜が大砲の砲口に縛られて撃たれた。
皇帝は流刑になり、ムガル帝国が正式に消える。
東インド会社も解散させられ、 イギリス政府の直接統治になる。
インドでは「第一次独立戦争」と呼ばれる。
出典(2)
ベネディクト・アンダーソン(白石隆、白石さや 訳) 『想像の共同体 ナショナリズムの起源と流行』第6章 公定ナショナリズムと帝国主義
エドワード・W・サイード(今沢紀子 訳) 『オリエンタリズム』第2章 オリエンタリズムの構成と再構成