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Person / 人

ヤドヴィガ

Jadwiga of Poland
AD1373年 – AD1399年7月17日(享年26・推定)
ポーランド王国重要度 3

概要

10歳で「王」として戴冠した。女王ではなく王の称号で。婚約者を捨てて、国のために異教の大公と結婚する。クラクフ大学を再建し、25歳で産褥で死んだ。聖人になっている。

所属

ポーランド王国

関わったできごと(1)

クレヴォの合同AD1385年8月14日 · 女王

本文

ハンガリー王ラヨシュ1世の娘で、 父はポーランドの王も兼ねていた。 父が死に、姉がハンガリーを継ぎ、10歳のヤドヴィガがポーランドに来た。

女王ではなく「王」(レックス)として戴冠した。 女王の夫が王になることを、貴族が避けたためだった。

オーストリアのヴィルヘルムと婚約していた。 ヴィルヘルムがクラクフに来て結婚を迫ったとき、 城の門を自分で開けようとして止められた、と伝説は言う。 貴族の求めに従い、ヨガイラと結婚した。

宝石を売ってクラクフ大学を再建した。 夫の名がつくべき大学に、ヤギェウォの名がつくのは、そのためになる。 1399年、初めての子を産んで、子とともに死んだ。 25歳。 1997年に聖人になった。