概要
スコットランドの賭博師で、決闘で人を殺して逃げた先のフランスで財政を任された。紙幣と株式で立て直そうとして、史上有数のバブルを作る。
所属
フランス王国関わったできごと(1)
ミシシッピ会社のバブル1719年 · 仕掛けた本文
エディンバラの金細工師の家に生まれた。 ロンドンで賭博に明け暮れ、1694年に決闘で人を殺し、死刑を宣告されて脱獄した。
大陸を渡り歩き、賭博で財産を作りながら、お金の理屈を考えた。 金や銀は足りない。紙幣を出して流通を増やせば、国は豊かになる。 その考えを、故郷スコットランドに持ちかけて断られ、 フランスで受け入れられた。
1716年に銀行を作り、翌年にミシシッピ会社を作り、 1720年には財務総監になった。 外国人で、カトリックに改宗したばかりで、殺人犯だった男が、 フランスの財政の全権を握った。
同じ年に全てが崩れる。 逃げた先のヴェネツィアで、貧しく死んだ。
考えの一部は正しかった、という評価が後から出ている。 紙幣も中央銀行も、いまの国はどこも持っている。 やり方と速さが間違っていた。
『サピエンス全史』は第16章で、この人の作った泡を、 信用が崩れると国家の信用まで崩れる例にしている。