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Person / 人

ホセ・リサール

José Rizal
AD1861年6月19日 – AD1896年12月30日(享年35)
フィリピン重要度 4

概要

医師であり小説家。武装闘争には反対しながら、反乱を扇動した罪で銃殺された。その死が革命を広げる。

関わったできごと(1)

フィリピン革命1896年 · その処刑が革命を広げた

本文

医師であり、小説家であり、彫刻家であり、 詩人でもあった。

ヨーロッパで眼科を学んだ。

母が失明しかけていたことが動機になる。

『ノリ・メ・タンヘレ』と『エル・フィリブステリスモ』を書いた。

スペインの修道会による支配の実態を描いている。

フィリピンで発禁になった。

武装闘争には反対していた。

教育と改革によって、 まず国民が自分を統治できるようになるべきだ、と。

革命が起きたとき、キューバへ向かう船にいた。

呼び戻されて、扇動の罪で銃殺された。35歳。

処刑の前夜、独房で詩を書いた。 それをランプの台座に隠して家族に渡している。

「最後の別れ」と呼ばれる詩になる。

その死が、彼が反対した革命を広げた。