概要
医師であり小説家。武装闘争には反対しながら、反乱を扇動した罪で銃殺された。その死が革命を広げる。
関わったできごと(1)
フィリピン革命1896年 · その処刑が革命を広げた本文
医師であり、小説家であり、彫刻家であり、 詩人でもあった。
ヨーロッパで眼科を学んだ。
母が失明しかけていたことが動機になる。
『ノリ・メ・タンヘレ』と『エル・フィリブステリスモ』を書いた。
スペインの修道会による支配の実態を描いている。
フィリピンで発禁になった。
武装闘争には反対していた。
教育と改革によって、 まず国民が自分を統治できるようになるべきだ、と。
革命が起きたとき、キューバへ向かう船にいた。
呼び戻されて、扇動の罪で銃殺された。35歳。
処刑の前夜、独房で詩を書いた。 それをランプの台座に隠して家族に渡している。
「最後の別れ」と呼ばれる詩になる。
その死が、彼が反対した革命を広げた。