概要
一族を殺されて育った皇族の学者が、皇帝になって古い神々を戻そうとした。2年でペルシアの戦場に死ぬ。「背教者」の名は勝った側が付けた。
所属
ローマ関わったできごと(1)
ユリアヌスの異教復興AD361年 · 皇帝本文
コンスタンティヌスの死後、 その息子たちが一族の男を殺した。
6歳だった。
兄と二人、遠い領地で幽閉されて育つ。
キリスト教の教育を受けた。
同時に、ホメロスとプラトンを読んだ。
20歳で、密かに古い神々の信仰に戻ったと本人が書く。
兄が処刑された。
自分は生かされ、ガリアの副帝にされた。
軍のことは何も知らなかったが、 5年でゲルマン人相手に勝ち続けた。
兵が皇帝と担いだ。
皇帝コンスタンティウスが死に、内戦なしで即位する。
神殿を開き、犠牲を戻した。
キリスト教徒を教師の職から外した。
自分は哲学者として、 髭を伸ばし、質素に暮らし、夜中まで書いた。
アンティオキアの市民に嘲られ、 『髭嫌い』という自嘲の文を書いている。
363年、ペルシアへ攻め込み、 撤退中に槍を受けて死んだ。31歳。