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Event / できごと

ユリアヌスの異教復興

Julian's pagan revival
AD361年
重要度 3

概要

キリスト教徒として育てられた皇帝が、即位すると古い神々の祭祀を戻した。2年後にペルシア遠征で死に、以後の皇帝は全員キリスト教徒になる。

場所

コンスタンティノープル
41.01°N 28.98°E · トルコ・イスタンブール

関わった人(1)

ユリアヌスAD331年–AD363年6月26日 · 皇帝

本文

コンスタンティヌスの甥になる。

6歳のとき、一族が殺された。

コンスタンティヌスの息子たちの粛清で、 父も兄弟も死んだ。

生き残った二人が、幽閉されて育つ。

キリスト教徒として。

その間に、ギリシアの哲学を読んだ。

密かに、古い神々に戻っていたと本人が書いている。

ガリアの副帝にされ、 ゲルマン人相手に勝ちつづけ、 兵に皇帝と担がれた。

即位すると、神殿を開き、犠牲を復活させた。

キリスト教徒を迫害はしなかった。

代わりに、教師の職から外し、 教会への補助を切り、 異端同士の争いを放置した。

「これで互いに食い合うだろう」。

2年後、ペルシア遠征で槍に倒れた。31歳。

「ガリラヤ人よ、お前の勝ちだ」と言ったという話は、後世の作りになる。

以後、異教の皇帝は出なかった。

出典(2)

塩野七生 ローマ人の物語XIV キリストの勝利
エドワード・ギボン ローマ帝国衰亡史第23章

同じ時代のできごと

ウルフィラのゴート語聖書AD350年頃蘭亭序AD353年敦煌の石窟の造営AD366年(造営の始まり)高句麗への仏教伝来AD372年フン人の西進とゲルマンの移動AD375年ハドリアノポリスの戦いAD378年8月9日キリスト教の国教化AD380年