← 地図で見る
Event / できごと

高句麗への仏教伝来

Buddhism reaches Goguryeo
AD372年
重要度 3

概要

前秦の苻堅が僧の順道と仏像と経典を送った。半島に仏教が公式に入った最初で、12年後に百済にも東晋から入る。日本に渡るのはそこから150年後になる。

場所

国内城
41.13°N 126.19°E · 中国・吉林省集安市(高句麗の都)

本文

前秦の苻堅は華北を統一しつつあり、 東の高句麗と結ぼうとしていた。 372年、使者と僧の順道を送り、仏像と経典を贈った。 高句麗の小獣林王はこれを受け、 2年後にまた阿道という僧が来て、 375年に肖門寺と伊弗蘭寺を建てた。 半島で最初の寺になる。

同じ年、小獣林王は太学を置き、律令を出した。 仏教と儒教と法を、同じ王が同じ数年で取り入れた。

百済には384年、東晋から胡僧の摩羅難陀が海路で来た。 枕流王が迎え、翌年、漢山に寺を建てた。 新羅には5世紀に高句麗から入り、 527年に異次頓の殉教で公認された。 日本には538年、百済の聖王から。

仏教は半島で、王権を支える宗教として入った。 王は仏の化身、国は仏の国。 高句麗の壁画古墳に蓮の花が描かれ、 百済の弥勒寺と新羅の皇龍寺が建つ。 そして倭へ、僧と仏師と瓦工が渡った。

同じ時代のできごと

蘭亭序AD353年ユリアヌスの異教復興AD361年敦煌の石窟の造営AD366年(造営の始まり)フン人の西進とゲルマンの移動AD375年ハドリアノポリスの戦いAD378年8月9日キリスト教の国教化AD380年淝水の戦いAD383年北魏の建国AD386年