概要
曲水の宴で詠まれた詩の序文を、王羲之が酔って書いた。醒めてから何度書き直しても及ばなかったと伝わる。書の手本の頂点とされ、原本は唐の太宗の墓に入ったという。
場所
紹興(会稽)
30.00°N 120.58°E · 中国・浙江省
30.00°N 120.58°E · 中国・浙江省
関わった人(1)
王羲之AD303年–AD361年 · 書いた本文
353年3月3日、会稽の蘭亭。
王羲之が41人を集めて曲水の宴を開いた。
流れる水に杯を浮かべ、 自分の前を過ぎるまでに詩を作る。
できなければ罰の酒。
集まった詩をまとめ、序文を書いた。
酔っていた。
324字。
天気と景色から始まり、 人はいずれ死ぬ、 昔の人の文を読んで感じたことを、 後の人も自分の文で感じるだろう、と結ぶ。
醒めてから何度も書き直したが、 最初のものに及ばなかった、と伝わる。
一族に伝わった真筆を、唐の太宗が手に入れた。
死ぬとき、墓に入れさせた。
だから原本は無い。
残っているのは、太宗が臣下に写させた模本になる。
書の手本の頂点とされてきた。
いまも書道の稽古は、ここから始まることが多い。