概要
フン人に追われて帝国内に入ったゴート人が、飢えと役人の搾取で反乱し、皇帝の軍を破って皇帝を殺した。帝国は以後、ゴート人を内側に抱えて生きる。
場所
ハドリアノポリス(エディルネ)
41.68°N 26.56°E · トルコ・エディルネ県
41.68°N 26.56°E · トルコ・エディルネ県
本文
376年、ゴート人がドナウの岸に来た。
フン人に追われて、帝国内への移住を求めた。
皇帝ウァレンスは認めた。
兵の補充と、農民の補充になる。
だが、受け入れの役人が食料を横領した。
飢えたゴート人に、犬の肉を子どもと交換で売った、という記述がある。
反乱になった。
378年8月9日、ハドリアノポリスの近く。
皇帝は西からの援軍を待たずに戦った。
暑い日で、兵は水も食事も無しに行軍していた。
ゴート人の騎兵が戻ってきて、 ローマの歩兵の側面を突いた。
軍の3分の2が死んだ。
皇帝も死に、遺体は見つかっていない。
帝国は、ゴート人を追い出せなかった。
4年後、同盟者として帝国内に住むことを認める。
自分たちの王の下で、自分たちの法で。
帝国の中に、帝国でない集団ができた。
その一人アラリックが、32年後にローマを略奪する。
出典(2)
塩野七生 『ローマ人の物語』XIV キリストの勝利
エドワード・ギボン 『ローマ帝国衰亡史』第26章