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Person / 人

イマヌエル・カント

Immanuel Kant
AD1724年4月22日 – AD1804年2月12日(享年79)
プロイセン重要度 5

概要

ケーニヒスベルクから生涯ほとんど出なかった。57歳で『純粋理性批判』を出し、認識・道徳・美の三つの批判で哲学を作り直す。散歩の時刻で町の人が時計を合わせた。

関わったできごと(1)

『純粋理性批判』AD1781年 · 著者

本文

ケーニヒスベルクの馬具職人の家に生まれた。

生涯、その町からほとんど出ていない。

家庭教師と私講師で長く暮らし、 教授になったのは46歳。

『純粋理性批判』は57歳。

そこから10年で、 『実践理性批判』『判断力批判』と続いた。

認識、道徳、美。

道徳の原則は一つに絞った。

自分の行いの原則が、 誰にでも当てはまる法則になるように行え。

人を手段としてだけ扱うな。

規則正しさで知られる。

午後の散歩の時刻で、町の人が時計を合わせたと伝わる。

ルソーの『エミール』を読んでいて 散歩を忘れた日があった、とも。

結婚しなかった。

晩年、『永遠平和のために』を書いた。

常備軍の廃止と、共和国の連合を説いている。

国際連盟と国際連合の遠い元になる。