概要
ケーニヒスベルクから生涯ほとんど出なかった。57歳で『純粋理性批判』を出し、認識・道徳・美の三つの批判で哲学を作り直す。散歩の時刻で町の人が時計を合わせた。
関わったできごと(1)
『純粋理性批判』AD1781年 · 著者本文
ケーニヒスベルクの馬具職人の家に生まれた。
生涯、その町からほとんど出ていない。
家庭教師と私講師で長く暮らし、 教授になったのは46歳。
『純粋理性批判』は57歳。
そこから10年で、 『実践理性批判』『判断力批判』と続いた。
認識、道徳、美。
道徳の原則は一つに絞った。
自分の行いの原則が、 誰にでも当てはまる法則になるように行え。
人を手段としてだけ扱うな。
規則正しさで知られる。
午後の散歩の時刻で、町の人が時計を合わせたと伝わる。
ルソーの『エミール』を読んでいて 散歩を忘れた日があった、とも。
結婚しなかった。
晩年、『永遠平和のために』を書いた。
常備軍の廃止と、共和国の連合を説いている。
国際連盟と国際連合の遠い元になる。