概要
貴族の娘として12歳で家に閉じ込められ、手紙で外の世界と議論しつづけた。その書簡集がインドネシアの女子教育を動かす。
関わったできごと(1)
カルティニの書簡AD1911年(書簡集の出版) · 書き手本文
ジャワの貴族の娘に生まれた。
オランダ語の学校に12歳まで通い、 そこで教育を打ち切られた。
貴族の娘は結婚まで家から出ない慣習になる。
「ペインギタン(閉じ込め)」と呼ばれた。
外に出られないまま、手紙を書きつづけた。
相手はオランダの友人たちになる。
内容が、そのまま議論になっている。
女子教育、一夫多妻、身分制、 そしてオランダの統治そのもの。
自分より恵まれない同胞のために 何ができるかを繰り返し書いた。
24歳で、四人目の妻として嫁いだ。
夫は理解があり、女学校を開くことを許した。
その翌年、出産の4日後に死ぬ。25歳。
死後、書簡集がオランダで出版された。
『暗黒を越えて光へ』。
その本が、インドネシアの女子教育を動かす。