概要
ベルリンで破傷風菌の純粋培養に成功し、血清療法を確立した。第1回のノーベル賞では共同研究者のベーリングだけが受けている。
所属
日本関わったできごと(1)
血清療法の確立AD1890年 · 研究本文
熊本の庄屋の家に生まれた。 医学を学ぶためドイツへ渡り、コッホのもとで6年学んだ。
破傷風菌の純粋培養に成功する。 酸素があると育たない菌を、 酸素を抜いた条件で育てる装置を工夫した。
血清療法をベーリングと共同で発表した。 第1回のノーベル賞は、ベーリング一人に贈られている。
帰国後、国内の大学に居場所が無かった。 留学中に、東京大学の教授の説を論文で否定していたためになる。
福沢諭吉が土地と資金を出し、私立の伝染病研究所ができた。 そこでペスト菌を発見する(同時期にイェルサンも発見)。
研究所が国に移管され、 文部省の下に置かれることになったとき、 所員全員を連れて辞職した。 そして自費で北里研究所を作る。
慶應義塾の医学部を作り、初代学部長を無給で務めた。 福沢への恩返しだったとされる。