概要
インド人の父と亀茲の王女の母。7歳で出家し、涼州に17年抑留され、57歳で長安に迎えられた。300巻を訳した。王に女を与えられて破戒し、「泥の中の蓮を取れ、泥は取るな」と弟子に言った。舌だけが焼けずに残ったと伝わる。
関わったできごと(1)
鳩摩羅什の長安入りAD401年 · 訳経本文
父の鳩摩羅炎はインドの宰相の家を捨てて出家し、 パミールを越えて亀茲に来た。 王が国師にし、妹のジーヴァーを娶らせた。 子が羅什。
7歳、母と出家。 9歳、母とカシミールへ行き、 説一切有部の学者に学んだ。 12歳、カシュガルで大乗に出会い、 須利耶蘇摩に『中論』『百論』を学んだ。 亀茲に戻ると、王が黄金の獅子座を作って講義させた。 母は「あなたは中国で法を広める。だが自分には災いがある。それでもよいか」と聞き、 「法が広まるなら、自分の身は惜しまない」と答えた。 母はインドへ行き、二度と会わなかった。
384年、呂光に捕えられた。 呂光は羅什を試して、牛や馬に乗せて落とそうとし、 酔わせて王女と密室に入れた。 「そのようにして戒を破らせた」。 涼州で17年。 呂光は羅什の予言を聞いても使わず、 羅什は漢語を覚えた。
401年から413年、長安。 逍遥園で、口で訳し、弟子が書き取った。 姚興がしばしば自ら筆を取った。 『法華経』を訳すとき、 旧訳の「天見人、人見天」を、 「天人交接、両得相見」と直した。 「意味は同じだが、言葉が古い」と。
姚興が「法師のような人の種を絶やしてはならない」と 10人の女を与えた。 羅什は講義のたびに言った。 「臭泥の中に蓮華が生じる。蓮を取れ、泥を取るな」。
413年に死んだ。 「私は愚かで、訳した経に間違いがあるかもしれない。 もし誤りがなければ、焼いても舌は焼けないだろう」。 舌は焼けなかった、と伝わる。 草堂寺の舎利塔が、西安の南にある。