概要
燃焼を酸素との結合として説明し、化学に秤を持ち込んだ。徴税請負人でもあったため、革命裁判所で処刑される。
関わったできごと(1)
『化学原論』AD1789年 · 著者本文
本業は徴税請負人だった。 国から徴税を請け負い、 集めた額との差を利益にする仕組みになる。
その収入で、当時最高の実験器具を揃えた。 精密な天秤を作らせている。 科学を金で買ったとも言える。
やったのは、測ることだった。 密閉した容器の中で燃やし、前後の重さを比べる。 質量は変わらない。
酸素、水素という名を付け、 水が元素ではなく水素と酸素の化合物だと示した。
妻マリー=アンヌが共同研究者だった。 英語の論文を訳し、実験の図を描き、 記録を取っている。 当時の実験室の絵に、記録係として描かれている。
1794年、徴税請負人として逮捕され、 その日のうちに処刑された。 「共和国に科学者は要らない」という裁判長の言葉は、 後世の作り話とされる。