概要
テルモピュライの隘路で寡兵を率いて戦い、退かずに戦死した。
所属
スパルタ関わったできごと(1)
テルモピュライの戦いBC480年8月 · ギリシア側 · 総指揮本文
スパルタの二人の王のうちの一人になる。
テルモピュライへ率いていったのは300人。
その全員が、息子を持つ者から選ばれた。 死んでも家が絶えないようにするためになる。
出発の前に、神託が告げていた。 スパルタが滅びるか、王が死ぬか、どちらかだ、と。
迂回路を教えられて包囲されると分かったとき、 大半の軍を退かせた。
残ったのはスパルタ兵300と、 テスピアイとテーバイの兵になる。
「矢が空を覆う」と聞かされて 「では日陰で戦える」と答えたという話が伝わる。
遺体はペルシア側に晒された。 40年後、遺骨がスパルタへ戻された。
負けた戦いの指揮官が、 これほど語り継がれる例は少ない。