概要
一介の亭長から身を起こし、秦の崩壊後の争いを制して漢を開いた。
別名
漢の高祖
所属
前漢関わったできごと(3)
鴻門の会BC206年 · 逃げた側漢の成立BC202年 · 当人垓下の戦いBC202年 · 漢側 · 総指揮本文
農民の出で、村の下級役人だった。
酒と女を好み、学問を嫌ったと『史記』は書く。 儒者の冠に小便をかけた話まで載っている。
囚人を護送する途中で逃がしてしまい、 自分も逃げて山に隠れた。 そこから挙兵する。
項羽との差は、人を使うことだった。
即位の宴で、自分でそう分析している。 策謀では張良に、 補給では蕭何に、 用兵では韓信に及ばない。 だがこの三人を使えた、と。
即位後、その韓信を含む功臣を次々に除いた。
秦の法を簡素にすると約束したが、 実際には律令の大半を引き継いでいる。
匈奴に敗れて、和親策を採った。
農民から皇帝になった、 中国史で最初の例になる。