概要
医学を捨てて小説を書いた。『阿Q正伝』で、変わらない社会を内側から抉る。
関わったできごと(1)
辛亥革命AD1911年10月10日 · この時代を書いた本文
医学を学ぶために日本へ留学した。 父が漢方で治らずに死んだことが理由だった。
仙台の医学校で、授業の合間に 日露戦争の記録映画を見せられた。 そこに、スパイとして処刑される中国人と、 それを見物する中国人が映っていた。
体を治しても仕方がない、と考えた。 医学をやめ、文学に移る。
『狂人日記』は、口語で書かれた最初期の中国小説になる。 儒教の歴史書を読むと、行間に「食人」と書いてある、 という筋になっている。
『阿Q正伝』の主人公は、 負けても「精神の勝利」と言い換えて生きる。 中国人自身への、容赦のない戯画だった。
その一方で、 若い作家を支援し、木版画運動を助け、 外国文学の翻訳を大量に残している。
死の直前に「一人も赦さない」と書いた。