概要
2000年続いた皇帝の制度が終わった。ただし共和国はすぐに軍閥に割られ、統一までさらに時間がかかる。
場所
武昌
30.55°N 114.32°E · 中国・湖北省武漢市
30.55°N 114.32°E · 中国・湖北省武漢市
関わった人(3)
魯迅AD1881年9月25日–AD1936年10月19日 · この時代を書いた西太后AD1835年11月29日–AD1908年11月15日 · その3年前に死んでいる孫文AD1866年11月12日–AD1925年3月12日 · 指導本文
2000年続いた皇帝の制度が終わった。
きっかけは、武昌での偶発的な蜂起になる。 爆弾の暴発で計画が露見し、 追い詰められた新軍が挙兵した。
各省が次々に独立を宣言する。
孫文は、当時アメリカにいた。 新聞でこれを知って帰国し、臨時大総統になる。
だが、実力は袁世凱にあった。 清の軍を握っている。
孫文は、清帝の退位と共和政の維持を条件に、 大総統の座を袁世凱へ譲った。
その袁世凱が、後に自ら皇帝になろうとする。 83日で撤回した。
その死後、中国は軍閥に割られる。
皇帝は消えたが、 統一された共和国はすぐには生まれなかった。
孫文は、その統一を見ずに死ぬ。