概要
王家に嫁ぎながらクリシュナへの信愛を歌い、宮廷を捨てて放浪した。その歌はいまも歌われている。
関わったできごと(1)
バクティ運動AD700年 · クリシュナへの信愛を歌った本文
ラージプートの王家に生まれ、 メーワールの王家へ嫁いだ。
幼いころから、クリシュナの像を 自分の夫だと言っていたと伝わる。
婚家で、家の女神への礼拝を拒んだ。
自分にはクリシュナしかいない、と。
夫の死後、サティー(寡婦の焚死)も拒んだ。
毒を盛られたという伝承がいくつも残る。
宮廷を出て、遍歴の歌い手になった。
ヴリンダーヴァンやドワールカーを回り、 身分を問わず人の集まる場所で歌った。
歌は、恋の歌の形をしている。
相手はクリシュナになる。
「私は狂っていると人は言う。 私は世間を捨てた。捨てて何が悪い」。
数百の歌が彼女の名で伝わる。
どれが本人のものかは分からない。
北インドで、いまも歌われている。