概要
儀式や身分ではなく、神への献身で救われると説いた。地方の言葉で歌われ、広く民に届く。
場所
タンジャーヴール
10.79°N 79.14°E · インド・タミルナードゥ州(チョーラ朝)
10.79°N 79.14°E · インド・タミルナードゥ州(チョーラ朝)
関わった人(2)
グル・ナーナクAD1469年–AD1539年9月22日 · 関わったミーラーバーイーAD1498年頃–AD1547年頃 · クリシュナへの信愛を歌った本文
南インドの詩人たちから始まった。
説いたのは、儀式でも身分でも学識でもなく、 神への一途な愛(バクティ)で救われるということだった。
決定的だったのは、言葉になる。 サンスクリットではなく、地方の話し言葉で歌った。 タミル語、マラーティー語、ヒンディー語。
バラモンでなければ読めない言葉を通さずに、 誰でも直接神に向かえる。
歌った人の中には、 低いカーストの出身者も、女性もいた。 織物職人のカビール、 王家を捨てて放浪したミーラー・バーイー。
社会の構造そのものを変えはしなかった。 それでも、宗教の言葉が 学者の独占から離れたことの影響は大きい。
同じ頃、イスラームのスーフィーが 同じような愛の道を説いていた。 両者は互いに影響し合っている。