概要
マラッカ海峡を押さえ、インドと中国を結ぶ海の道で栄えた。仏教の学問の中心でもあった。
場所
パレンバン
-2.98°N 104.78°E · インドネシア(シュリーヴィジャヤの中心)
-2.98°N 104.78°E · インドネシア(シュリーヴィジャヤの中心)
本文
マラッカ海峡とスンダ海峡の両方を押さえた。 インドと中国のあいだを行く船は、 どちらかを必ず通る。
自前の産物より、通行を管理することで栄えた。 言うことを聞かない港には艦隊を送って潰す。 海の関所として振る舞っている。
同時に、仏教の学問の中心でもあった。 唐の僧・義浄が、インドへ行く途中に立ち寄り、 ここで数年サンスクリットを学んでいる。 インドへ行く前に、ここで準備するのがよいと書き残した。
遺跡がほとんど残っていない。 建物が木と竹で作られ、 中心地が川沿いの湿地にあったためとされる。 20世紀まで、その存在自体が忘れられていた。
フランスの学者が中国の記録から再発見したのが1918年になる。