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Person / 人

ムハンマド

Muhammad
AD570年頃 – AD632年(享年62・推定)
イスラム共同体重要度 5

概要

メッカの商人から預言者となり、信仰と政治が一体の共同体を築いた。その死から一世紀で版図はイベリアからインダスに届く。

関わったできごと(1)

ヒジュラ(聖遷)AD622年 · 当人

本文

メッカの商人で、40歳頃から啓示を受けたとされる。 説いたのは唯一神への帰依と、 孤児や貧者への施し、そして最後の審判だった。

メッカの有力者が反発したのは、 神々を祀るカアバへの巡礼が町の収入源だったことも大きい。

622年にメディナへ移り、そこで共同体を作った。 宗教の指導者であると同時に、 裁定者であり、軍の指揮者であり、立法者だった。 この一体が、後のイスラーム国家の型になる。

死後、共同体の指導者を誰にするかで見解が分かれた。 血統を重んじる側と、共同体の合意を重んじる側。 シーアとスンナの分かれ目は、この最初の継承問題にさかのぼる。

動画(1)

砂漠を駆ける激アツ!教祖・ムハンマド【COTEN RADIO #35】歴史を面白く学ぶコテンラジオ_COTEN RADIOメッカの商人社会でなぜ新しい教えが必要とされたのかから入る