概要
メッカの商人から預言者となり、信仰と政治が一体の共同体を築いた。その死から一世紀で版図はイベリアからインダスに届く。
関わったできごと(1)
ヒジュラ(聖遷)AD622年 · 当人本文
メッカの商人で、40歳頃から啓示を受けたとされる。 説いたのは唯一神への帰依と、 孤児や貧者への施し、そして最後の審判だった。
メッカの有力者が反発したのは、 神々を祀るカアバへの巡礼が町の収入源だったことも大きい。
622年にメディナへ移り、そこで共同体を作った。 宗教の指導者であると同時に、 裁定者であり、軍の指揮者であり、立法者だった。 この一体が、後のイスラーム国家の型になる。
死後、共同体の指導者を誰にするかで見解が分かれた。 血統を重んじる側と、共同体の合意を重んじる側。 シーアとスンナの分かれ目は、この最初の継承問題にさかのぼる。