概要
アフガニスタンの山の国から北インドに出て、一度負け、翌年勝ち、デリーを取った。子がなく、奴隷出身の将軍アイバクに任せた。暗殺されたあと、その奴隷がデリーのスルタンになる。
関わったできごと(1)
タラーインの戦いAD1192年 · 勝者本文
ゴールはアフガニスタン中部の山岳地帯で、 兄のギヤースッディーンがゴール朝の主で、 弟のムイッズッディーン・ムハンマドがガズナを預かり、 そこからインドへ出た。
1175年ムルターン、1186年ラホール。 ガズナ朝の最後の王をラホールから追い出した。 1191年、タラーインでプリトヴィーラージに負けた。 帰ってから、逃げた部将たちの首に馬の飼い葉袋をかけて 街を引き回した、と伝わる。
1192年、勝った。 1194年、カナウジのジャヤチャンドラを破り、 1202年までにベンガルまで届いた。 自分は本拠に戻り、 奴隷出身の将軍たちにインドを任せた。 アイバクにデリー、 バフティヤール・ハルジーにベンガル。
1203年に兄が死んで、ゴール朝の全体を継いだ。 翌年、アム川でホラズムに大敗した。 1206年3月、インダス川のほとりのダミヤクで、 祈りの最中に刺し殺された。 イスマーイール派とも、パンジャーブの部族とも言う。
子がなかった。 「他の王は息子を残す。私はトルコ人の奴隷を数千残した。 彼らが私の王国を継ぐ」と言った、と伝わる。 その通りになった。 アイバクがデリーで、奴隷王朝を開く。