概要
サリーの村の名を名乗るフランシスコ会士。普遍は実在せず名前にすぎない、と論理で切った。「剃刀」。清貧をめぐって教皇と争い、ミュンヘンの皇帝の宮廷に逃げ、教皇は異端だと書き続けた。黒死病の年に死んだ。
関わったできごと(1)
オッカムの剃刀AD1320年頃 · 哲学者本文
ウィリアム。 オッカム。 サリー。 ギルフォードの近く。 1287年頃。 フランシスコ会。 オックスフォード。 1317年から1319年、 『命題集』の講義。 「インケプトル」。 学位の手前。 「ウェネラビリス・インケプトル」。 「尊敬すべき始めた者」。 学位を取らなかった。 教皇に呼ばれたから。
ジョン・ラタレル。 オックスフォードの総長。 56の命題を異端としてアヴィニョンに送った。 1324年、召喚。 4年。 審査。 結論は出なかった。 教皇は忙しかった。 清貧。 『クム・インテル・ノンヌロス』。 1323年。 「キリストと使徒は何も所有しなかった」は異端。 フランシスコ会の根本。 ミカエル総長は「教皇が異端」。 オッカムは、 1327年、教皇の文書を読めと言われた。 読んだ。 「教皇の言うことは異端だ」。 1328年5月26日、 夜、 ミカエル、ベルガモのボナグラティア、 アスコリのフランチェスコと、 アヴィニョンを出た。 アイグモルトから船。 ピサ。 6月、ルートヴィヒ4世。 帰路。 ミュンヘン。 フランシスコ会修道院。 ここで19年。
『九十日の書』。 『教皇ヨハネス22世の誤謬について』。 『対話』。 『教皇と聖職者の権力について』。 『皇帝と教皇の権力について』。 教会は誤りうる。 教皇も。 公会議も。 誤らないのは、 聖書と、 真のキリスト者の共同体だけ。 それは一人の女性かもしれない。 「教会は、 一人の信仰者に残るかもしれない」。 皇帝の権力は、 神から直接、 民を通して。 教皇からではない。
「剃刀」は、論理学の本に。 『論理学大全』。 1323年。 「記号」。 「心の言葉」。 「指示」(スッポシティオ)。 「存在するのは個物だけ。 普遍は、 心が個物から作る記号」。 知覚から始める。 直観的認識。 「神は、存在しないものの直観を起こすことができる」。 神の絶対的な力。 1347年。 4月10日頃。 ミュンヘン。 ペスト。 ルートヴィヒは前年に死に、 オッカムは教皇との和解を求める手紙を書いていた、 とも。 書いていない、とも。 フランシスコ会の印章を、 新しい総長に返した。 それは、 分かっている。