概要
国連難民高等弁務官を10年務めた。国境の内側にいる避難民も助けるという判断で、支援の枠を広げる。
所属
日本関わったできごと(1)
ルワンダ虐殺1994年 · 難民高等弁務官として関わった本文
祖父も曾祖父も外交官という家に生まれた。 学者として長く教え、 国連難民高等弁務官になったのは63歳のときになる。
就任直後、クルド難民がトルコ国境で足止めされた。 国境を越えていない人は「難民」の定義に当たらず、 UNHCRの管轄外になる。
規則を広げて支援に入った。 国内避難民も助けるという判断で、 以後の人道支援の枠が変わる。
「人を助けるために組織があるのであって、 組織のために人がいるのではない」という言い方をしている。
ボスニア、ルワンダ、コソボ、アフガニスタン。 10年の任期のあいだ、大きな危機が続いた。
現場へ行く弁務官として知られた。 149センチの体で、防弾チョッキを着て 包囲下のサラエヴォへ入っている。