概要
100日で80万人以上が殺された。植民地時代に固定された民族の区分が、その下地にあった。
場所
キガリ
-1.94°N 30.06°E · ルワンダ
-1.94°N 30.06°E · ルワンダ
関わった人(1)
緒方貞子AD1927年9月16日–AD2019年10月22日 · 難民高等弁務官として関わった本文
100日で50万人から100万人が殺された。 1日あたりの殺害の速度は、20世紀のどの虐殺より速い。
使われたのは主に鉈だった。 軍の作戦ではなく、隣人が隣人を殺す形で進んだ。 ラジオが名簿を読み上げ、殺す先を指示した。
ツチとフツの区別は、植民地期にベルギーが 身分証明書に記載させて固定したものだった。 もともとは職業や家畜の所有による移動可能な区分だったとされる。 分類したこと自体が、後の分類による殺害を可能にした。
国連の現地司令官は事前に警告を送り、増派を求めたが、 拒まれ、逆に部隊は縮小された。 知らなかったのではない。
出典(2)
ジャレド・ダイアモンド(楡井浩一 訳) 『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの』第10章 アフリカの人口危機
スティーブン・ピンカー(幾島幸子、塩原通緒 訳) 『暴力の人類史』第6章 新しい平和