概要
恋愛詩から政治詩まで書き、外交官と上院議員も務めた。クーデターの12日後に死に、その死因はいまも争われている。
関わったできごと(1)
チリのクーデターAD1973年9月11日 · 12日後に死ぬ本文
本名はネフタリ・リカルド・レジェス。
父に反対されて筆名を使った。
19歳で『二十の愛の詩と一つの絶望の歌』を出す。
いまも版を重ねている。
外交官になった。
ビルマ、スペイン、メキシコ。
スペイン内戦が、書くものを変えた。
友人の詩人ガルシア・ロルカが殺される。
以後、political な詩を書くようになった。
『マチュピチュの頂』では、 石を積んだ名も無い人びとに呼びかけている。
上院議員になり、大統領を批判して追われた。
アンデスを馬で越えて亡命する。
『大いなる歌』の原稿を持って。
1971年にノーベル文学賞。
1973年9月11日のクーデターの12日後に死んだ。
死因は癌とされてきたが、 2013年以降の再調査で毒物の可能性が指摘されている。