← 地図で見る
Person / 人

パブロ・ネルーダ

Pablo Neruda
AD1904年7月12日 – AD1973年9月23日(享年69)
チリ重要度 3

概要

恋愛詩から政治詩まで書き、外交官と上院議員も務めた。クーデターの12日後に死に、その死因はいまも争われている。

関わったできごと(1)

チリのクーデターAD1973年9月11日 · 12日後に死ぬ

本文

本名はネフタリ・リカルド・レジェス。

父に反対されて筆名を使った。

19歳で『二十の愛の詩と一つの絶望の歌』を出す。

いまも版を重ねている。

外交官になった。

ビルマ、スペイン、メキシコ。

スペイン内戦が、書くものを変えた。

友人の詩人ガルシア・ロルカが殺される。

以後、political な詩を書くようになった。

『マチュピチュの頂』では、 石を積んだ名も無い人びとに呼びかけている。

上院議員になり、大統領を批判して追われた。

アンデスを馬で越えて亡命する。

『大いなる歌』の原稿を持って。

1971年にノーベル文学賞。

1973年9月11日のクーデターの12日後に死んだ。

死因は癌とされてきたが、 2013年以降の再調査で毒物の可能性が指摘されている。