概要
エジプトで学び、ペルシアの哲学を知ろうと遠征軍に加わり、ローマで教えた。肉体を恥じて誕生日を祝わず、肖像を残させなかった。
所属
ローマ関わったできごと(1)
プロティノスの新プラトン主義AD253年(ローマで教えはじめる) · 教えた本文
自分の生い立ちを語らなかった。
誕生日も、両親も、故郷も。
肉体の中にいることを恥じているようだった、と弟子が書く。
肖像画を断った。
「影の影を残して何になる」。
28歳で哲学を志し、 アレクサンドリアのアンモニオスに11年ついた。
ペルシアとインドの知恵を知りたくて、 皇帝ゴルディアヌスのペルシア遠征に加わった。
皇帝が殺され、逃げてローマへ来た。
ローマで26年教えた。
元老院議員も女性も弟子にいた。
孤児を引き取って育てている。
50歳まで何も書かず、 弟子に促されて書きはじめた。
字が下手で、綴りを間違え、読み直さなかった。
弟子のポルフュリオスが整理した。
死ぬとき、こう言ったと伝わる。
「私の中の神を、万有の中の神へ返そうとしている」。