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Person / 人

ロロ

Rollo
AD860年頃 – AD930年頃(享年70・推定)
ノルマンディー公国重要度 3

概要

ノルウェーかデンマークのヴァイキングで、セーヌを遡って荒らし、西フランク王からノルマンディーを与えられ、洗礼を受けた。王の足に口づけを命じられ、部下に代わりにさせ、その部下が王の足を持ち上げてひっくり返した、と伝わる。

関わったできごと(1)

ノルマンディー公国の成立AD911年 · 初代公

本文

ロロ。 古ノルド語でフロールヴ。 ラテン語でロッロ。 ノルウェー人か、デーン人か。 アイスランドのサガはノルウェーのメーレ伯の子で、 「歩くフロールヴ」(ゴングゥ・フロールヴ)。 馬が乗れないほど大きかった、と。 ノルマンディーの記録はデーン人と。 分からない。

876年頃からセーヌにいた。 885〜886年、パリ包囲にいた、と伝える。 ルーアンを取った。 911年、シャルトルを攻めて、負けた。 西フランク王シャルル単純王が講和した。 サン・クレール・シュル・エプト。 ロロは洗礼を受け、 王の娘(庶出、あるいは架空)ジゼルを娶り、 ルーアンとその周りの土地を受けた。 「ノルマンニ」。北の人。 ノルマンディー。

デュドン・ド・サン・カンタン。 100年後に、ロロの孫の依頼で書いた。 「王の足に口づけせよ」と言われ、 ロロは「決して他人の膝に頭を下げない」と言い、 部下に命じた。 部下は王の足を取って持ち上げ、 王は仰向けに倒れた。 「フランク人は笑った」。

ルーアンを直し、 ヴァイキングの襲撃からセーヌを守った。 王のために。 自分のために。 洗礼名ロベール。 教会に土地を返した。

死ぬとき、 キリスト教徒の教会に金100ポンドを、 異教の神々に100人の捕虜を捧げた、 とアドマール・ド・シャバンヌは書く。 両方に。 930年頃。 ルーアン大聖堂に墓がある。

子ギヨーム長剣公、 孫リシャール1世、 6代目がギヨーム征服王。 ノルマン人は、それから150年で、 イングランド、シチリア、アンティオキアを取った。 「ヴァイキング」と呼ばれない、ヴァイキングの子孫として。