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Person / 人

パトリキウス(聖パトリック)

Saint Patrick
AD385年頃 – AD461年頃(享年76・推定)
アイルランド重要度 4

概要

ブリタニアの助祭の子で、16歳で海賊にさらわれ、アイルランドで6年羊を飼った。夢で船を見て逃げ、司教になって戻った。『告白』を自分で書き、「私は最も無学な者」と繰り返す。三つ葉のクローバーで三位一体を教えた話は後世のもの。

関わったできごと(1)

パトリキウスのアイルランド布教AD432年(伝承) · 宣教

本文

パトリキウス、あるいはパトリック。 ラテン語では「貴族の」という意味の普通の名前。

『告白』の初めに自分で書く。 「私は罪人パトリキウス、最も無学で、最も小さな者。 父はカルポルニウス、助祭で、 祖父ポティトゥスは司祭、 バンナウェム・タブルニアエの村に住んでいた」。 場所は分からない。 ブリタニアの西の海岸、 ウェールズかカンブリアかスコットランドの南西。

16歳。「神を知らなかった」。 さらわれ、 アイルランドの西で羊を飼い、 祈り、 逃げ、 船で3日、 それから28日、荒れ地を歩いて飢え、 猪の群れが出てきて助かった。

帰った。 夢で、ウィクトリクスという男が手紙を持ってきた。 「アイルランド人の声」。 「聖なる若者よ、また我々の中を歩いてくれ」。

叙階された。 「私は無学だ」と何度も書くのは、 上役から責められたからだ。 若いときの罪、 布教で金を受け取ったこと、 洗礼のたびに贈り物を断ったこと。 「私は人々の中を歩き、 王の息子たちに贈り物をし、 私の一行の少年たちが殺されそうになった」。

コロティクスへの手紙。 ブリタニアの王で、キリスト教徒のはずのコロティクスの兵が、 パトリキウスが洗礼したばかりの信徒を襲い、 殺し、奴隷として売った。 「あなたたちは私の羊を食い物にした」。 破門を宣言した。

死んだのは461年か、493年。 アーマーに埋められたとも、ダウンパトリックとも。 聖人としての伝記は7世紀に書かれ、 そこで奇跡と蛇とクローバーが加わった。 3月17日は、いまアイルランド以外の街でも川を緑に染める。