概要
ブリタニアの助祭の子で、16歳で海賊にさらわれ、アイルランドで6年羊を飼った。夢で船を見て逃げ、司教になって戻った。『告白』を自分で書き、「私は最も無学な者」と繰り返す。三つ葉のクローバーで三位一体を教えた話は後世のもの。
関わったできごと(1)
パトリキウスのアイルランド布教AD432年(伝承) · 宣教本文
パトリキウス、あるいはパトリック。 ラテン語では「貴族の」という意味の普通の名前。
『告白』の初めに自分で書く。 「私は罪人パトリキウス、最も無学で、最も小さな者。 父はカルポルニウス、助祭で、 祖父ポティトゥスは司祭、 バンナウェム・タブルニアエの村に住んでいた」。 場所は分からない。 ブリタニアの西の海岸、 ウェールズかカンブリアかスコットランドの南西。
16歳。「神を知らなかった」。 さらわれ、 アイルランドの西で羊を飼い、 祈り、 逃げ、 船で3日、 それから28日、荒れ地を歩いて飢え、 猪の群れが出てきて助かった。
帰った。 夢で、ウィクトリクスという男が手紙を持ってきた。 「アイルランド人の声」。 「聖なる若者よ、また我々の中を歩いてくれ」。
叙階された。 「私は無学だ」と何度も書くのは、 上役から責められたからだ。 若いときの罪、 布教で金を受け取ったこと、 洗礼のたびに贈り物を断ったこと。 「私は人々の中を歩き、 王の息子たちに贈り物をし、 私の一行の少年たちが殺されそうになった」。
コロティクスへの手紙。 ブリタニアの王で、キリスト教徒のはずのコロティクスの兵が、 パトリキウスが洗礼したばかりの信徒を襲い、 殺し、奴隷として売った。 「あなたたちは私の羊を食い物にした」。 破門を宣言した。
死んだのは461年か、493年。 アーマーに埋められたとも、ダウンパトリックとも。 聖人としての伝記は7世紀に書かれ、 そこで奇跡と蛇とクローバーが加わった。 3月17日は、いまアイルランド以外の街でも川を緑に染める。