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Person / 人

千利休

Sen no Rikyū
AD1522年 – AD1591年(享年69・推定)
日本重要度 3

概要

茶の湯を簡素の美として大成した。秀吉に切腹を命じられる。

関わったできごと(1)

侘び茶の大成AD1580年頃 · 当人

本文

堺の商家の出になる。

信長に、次いで秀吉に仕えた。

茶の湯を、政治の場でも重んじられる作法にした。

その内容が、簡素になる。

二畳の茶室。 にじり口という低い入口。 刀を外し、身をかがめないと入れない。

道具も、唐物の名物ではなく 日常の雑器や、自分で作らせた黒い茶碗を使う。

足りないことに美を見出す。

同時に、それは高度に作り込まれた「足りなさ」になる。

秀吉が黄金の茶室を作らせた話と並べて語られるが、 その黄金の茶室の設計にも関わったとされる。

切腹を命じられた。

理由は、大徳寺の山門に自分の像を置いたこと、 茶器を高く売ったこと、と伝えられる。

本当の理由は分かっていない。