概要
茶の湯を簡素の美として大成した。秀吉に切腹を命じられる。
関わったできごと(1)
侘び茶の大成AD1580年頃 · 当人本文
堺の商家の出になる。
信長に、次いで秀吉に仕えた。
茶の湯を、政治の場でも重んじられる作法にした。
その内容が、簡素になる。
二畳の茶室。 にじり口という低い入口。 刀を外し、身をかがめないと入れない。
道具も、唐物の名物ではなく 日常の雑器や、自分で作らせた黒い茶碗を使う。
足りないことに美を見出す。
同時に、それは高度に作り込まれた「足りなさ」になる。
秀吉が黄金の茶室を作らせた話と並べて語られるが、 その黄金の茶室の設計にも関わったとされる。
切腹を命じられた。
理由は、大徳寺の山門に自分の像を置いたこと、 茶器を高く売ったこと、と伝えられる。
本当の理由は分かっていない。