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Person / 人

セプティミウス・セウェルス

Septimius Severus
AD145年4月11日 – AD211年2月4日(享年65)
ローマ帝国重要度 3

概要

アフリカ生まれの最初の皇帝。ラテン語に訛りがあった。内戦に勝ち、近衛兵を入れ替え、兵の給料を上げた。ブリタニアの遠征先ヨークで死に、息子たちに「兵を富ませ、他は気にするな」と言い残した。

所属

ローマ帝国

関わったできごと(1)

コンモドゥスの暗殺と五皇帝の年AD192年12月31日 · 勝ち残った

本文

レプティス・マグナ(いまのリビア)のポエニ系の家に生まれた。 ラテン語にアフリカの訛りがあり、 妹はローマに来たときラテン語がほとんど話せなくて、 兄は恥ずかしがって帰らせた。

弁護士から元老院に入り、各地の総督をした。 妻ユリア・ドムナはシリアのエメサの神官の娘で、 「王と結婚する」という占いがあった、と本人が広めた。

193年、パンノニアの軍が皇帝に立てた。 ローマに入り、近衛兵を全員解散して、自分の軍団兵に入れ替えた。 ニゲルを194年に、アルビヌスを197年にリヨンで倒した。 アルビヌスの首をローマに送り、 元老院で「妥協なし」と演説して、29人の議員を殺した。

兵の給料を上げ、結婚を認め、砦の外に妻子と住むことを許した。 パルティアの首都クテシフォンを取り、 アフリカの国境を南へ延ばし、 ローマにセウェルスの凱旋門を建てた。 いまもフォロ・ロマーノに立っている。

208年、ブリタニアに遠征し、 カレドニア(スコットランド)の奥へ進んで、 211年にヨークで死んだ。 息子たちへの言葉。 「仲良くしろ。兵を富ませろ。他は気にするな」。 息子カラカラは翌年、弟を母の腕の中で殺した。