概要
明へ渡って水墨画を学び、帰国して日本の風景を描いた。手本を写すことから離れる。
所属
日本関わったできごと(1)
応仁の乱1467年 · この戦乱の時期に明へ渡る本文
禅僧として寺に入った。
幼い頃、絵ばかり描いて叱られ、 柱に縛られた。 流した涙で足の指を使って鼠を描いたところ、 本物と見紛うほどだったので許された—— という逸話が伝わる。
47歳で明へ渡った。
現地で画壇の評価を得たが、 学ぶべきものは日本にあると悟った、と書いている。
帰国後、山口を拠点に描いた。
それまでの日本の水墨画は、 中国の手本を写すものだった。
彼は、日本の風景を描いた。
『天橋立図』は、80歳を過ぎての作になる。 実際に現地を歩いて描いている。
『秋冬山水図』の、 真ん中に垂直に走る一本の線が知られる。
何を描いた線かについて、 いまも解釈が分かれている。