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Person / 人

雪舟

Sesshū
AD1420年 – AD1506年頃(享年86・推定)
日本重要度 3

概要

明へ渡って水墨画を学び、帰国して日本の風景を描いた。手本を写すことから離れる。

所属

日本

関わったできごと(1)

応仁の乱1467年 · この戦乱の時期に明へ渡る

本文

禅僧として寺に入った。

幼い頃、絵ばかり描いて叱られ、 柱に縛られた。 流した涙で足の指を使って鼠を描いたところ、 本物と見紛うほどだったので許された—— という逸話が伝わる。

47歳で明へ渡った。

現地で画壇の評価を得たが、 学ぶべきものは日本にあると悟った、と書いている。

帰国後、山口を拠点に描いた。

それまでの日本の水墨画は、 中国の手本を写すものだった。

彼は、日本の風景を描いた。

『天橋立図』は、80歳を過ぎての作になる。 実際に現地を歩いて描いている。

『秋冬山水図』の、 真ん中に垂直に走る一本の線が知られる。

何を描いた線かについて、 いまも解釈が分かれている。