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Person / 人

シャジャル・アッ=ドゥッル

Shajar al-Durr
? – AD1257年
マムルーク朝重要度 3

概要

奴隷から王妃になり、夫の死を隠して十字軍を退け、自らスルタンとして即位した。イスラム世界で数少ない女性の君主。

関わったできごと(1)

シャジャル・アッ=ドゥッルの即位AD1250年 · 即位

本文

出自が奴隷になる。

トルコ系かアルメニア系とされ、 アイユーブ朝のスルタンに買われて側室になった。

第七回十字軍のさなかに、そのスルタンが死んだ。

軍が崩れる。

彼女は、死を隠した。

食事を運ばせ、書類に署名を続けさせ、 指揮官だけに知らせて時間を稼いだ。

その間に後継者を呼び戻し、 マンスーラでフランス王ルイ9世を捕虜にする。

その後、自らスルタンとして即位した。

イスラーム世界では、ほとんど例がない。

貨幣に名が刻まれ、金曜の説教で名が読まれた。

バグダードのカリフが認めなかった。

女性が統治するなら他に男がいないのか、と書き送っている。

形式的に将軍と結婚し、実権は握りつづけた。

その夫が再婚しようとしたとき、浴場で殺した。

数日後、自分も撲殺される。