概要
高原の諸部族を一つにし、唐とネパールから妃を迎えた。チベット文字はこの王の命で作られたと伝わる。
関わったできごと(1)
吐蕃の高原統一AD630年頃 · 王本文
ヤルルン渓谷の一王家から出た。
父が高原の諸部族を服属させはじめ、 その父が毒殺されたあと、13歳ほどで継いだ。
反乱を鎮め、高原を一つにする。
都をラサに移した。
唐に使者を送り、妃を求めた。
一度断られ、軍を出して、 641年に文成公主を迎えている。
ネパールからも妃を迎えた。
この二人の妃が仏教を持ち込んだ、と後世の伝承は語る。
ラサのジョカン寺は、その時代に建てられた。
チベット文字は、この王の命で インドに派遣された大臣が作ったと伝わる。
サンスクリットの文字体系を元にしている。
法典を整え、官職を定めた。
死後、その王統は200年続く。
チベットでは、いまも観音の化身として拝まれる。