概要
諸部族を一つにし、都をラサに置いた。唐とネパールから妃を迎え、チベット文字を作らせた。以後200年、唐と対等に戦う国になる。
場所
ラサ
29.65°N 91.17°E · 中国・チベット自治区
29.65°N 91.17°E · 中国・チベット自治区
関わった人(1)
ソンツェン・ガンポAD605年頃–AD649年 · 王本文
父ナムリ・ソンツェンが、高原の諸部族を服属させはじめた。
その父が毒殺された。
13歳ほどで継いだ。
反乱を鎮め、高原を一つにする。
都をヤルルン渓谷からラサへ移した。
唐に使者を送り、妃を求めた。
一度断られている。
軍を出して、641年に文成公主を迎えた。
ネパールからも妃を迎えた。
この二人の妃が仏教を持ち込んだ、と後世の伝承は語る。
ラサのジョカン寺は、その時代に建てられた。
大臣をインドへ派遣し、文字を作らせた。
サンスクリットの文字体系を元にしたチベット文字になる。
法典を整え、官職を定めた。
以後200年、吐蕃は唐と対等に戦う。
チベットでは、いまも観音の化身として拝まれている。