概要
国禁を犯して出発し、17年かけて経典657部を持ち帰った。旅の記録は当時の中央アジアとインドの一級史料になる。
場所
ナーランダー
25.14°N 85.44°E · インド・ビハール州
25.14°N 85.44°E · インド・ビハール州
関わった人(1)
玄奘AD602年頃–AD664年 · 当人本文
国禁を犯して出発した。 当時、唐は勝手に国境を出ることを許していない。
理由は、経典の翻訳が食い違うことだった。 同じ経が、訳によって別のことを言っている。 原典に当たるしかない。
17年かかった。 往路は天山を越え、 ナーランダー僧院で5年学び、 インド各地を回って帰った。
持ち帰ったのは経典657部。 帰国後、太宗に迎えられ、 20年近くかけて翻訳した。 その訳は、いまも読まれている。
もう一つ残したのが『大唐西域記』になる。 通った138の国について、 気候、産物、言語、風俗を記録した。
インドではヒンドゥー教が優勢になって 仏教遺跡の場所が分からなくなっていた。 19世紀、イギリスの考古学者が この記録を頼りにナーランダーを掘り当てている。
『西遊記』の三蔵法師の元になった。
出典(1)
玄奘 『大唐西域記』全12巻