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Person / 人
スバス・チャンドラ・ボース
Subhas Chandra Bose
AD1897年1月23日 – AD1945年8月18日(航空機事故とされるが異説が絶えない)(享年48・推定)
インド重要度 4
概要
非暴力では独立できないとして、枢軸国と組んでインド国民軍を率いた。その評価はいまも割れている。
関わったできごと(1)
インドの独立AD1947年8月15日 · 別の道を主張した本文
インド高等文官試験に合格しながら、辞退した。
支配する側の官僚になることを拒んでいる。
国民会議の議長に選ばれたが、 ガンディーと対立して辞任した。
非暴力では独立できない、という立場になる。
自宅軟禁を脱してアフガニスタン経由でドイツへ渡り、 次いで潜水艦で日本へ移った。
インド国民軍を率いた。
捕虜になったインド兵と、 東南アジアのインド系住民から編成されている。
女性だけの連隊も作った。
枢軸国と組んだことの評価は、いまも割れている。
ファシズムに手を貸したという批判と、 使えるものは何でも使ったという擁護がある。
1945年、台北で航空機事故により死亡したとされる。
生存説が絶えず、 インド政府が三度の調査委員会を設けている。