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Person / 人

菅原道真

Sugawara no Michizane
AD845年 – AD903年(享年58・推定)
日本重要度 3

概要

学者から右大臣まで上り、藤原氏に讒言されて大宰府に流された。死後の天変が怨霊と恐れられ、やがて学問の神になる。

関わったできごと(1)

遣唐使の中止AD894年 · 建議

本文

学者の家に生まれた。

祖父も父も文章博士で、 本人も33歳で同じ職に就く。

宇多天皇に重用された。

藤原氏を抑えたい天皇にとって、 家柄に頼らない学者は都合がよかった。

遣唐使の中止を建議している。

唐が衰え、航海の危険に見合わないと。

以後、遣唐使は出ていない。

899年、右大臣になった。

左大臣は藤原時平。

二年後、時平の讒言で大宰府に左遷される。

天皇の廃立を謀ったという罪だった。

大宰府で二年、失意のうちに死んだ。

そのあと、都で異変が続く。

時平が39歳で死に、皇太子が死に、 清涼殿に雷が落ちて公卿が死んだ。

怨霊と恐れられ、北野に祀られた。

その神が、いつしか学問の神になる。