概要
記録に残る日本最初の女性の天皇。聖徳太子と蘇我馬子とともに、国の形を整えた時代の中心にいる。
関わったできごと(1)
推古天皇の即位AD592年 · 当人本文
敏達天皇の后で、崇峻天皇が暗殺されたあと即位した。 記録に残る日本最初の女性の天皇になる。
在位36年は、当時としては長い。 その間に、冠位十二階、十七条憲法、 遣隋使の派遣、仏教の受容が置かれる。
ただし記紀は、これらを 甥の厩戸皇子(聖徳太子)と蘇我馬子の事績として書く。 彼女自身の判断がどこにあったかは、ほとんど記録されていない。
数少ない例外が、 遣隋使に持たせた国書をめぐる記述になる。 「日出づる処の天子」で始まる文面は、 中国の皇帝と対等を主張するもので、煬帝を怒らせた。
女性天皇はこの後、江戸時代までに8人10代立つ。 多くは継承が定まらないときの中継ぎだった。