概要
ローマに軍を入れて独裁官となり、政敵を名簿にして処断した。
所属
共和政ローマ関わったできごと(1)
スッラの独裁BC82年 · 当人本文
没落した名門の出で、若い頃は貧しかった。 マリウスの部下としてユグルタを捕らえる功を立て、 そこから対立が始まる。
東方の指揮権を民会に取り上げられたとき、 軍を率いてローマに入った。 ローマ市民が、ローマ市に軍を入れた最初になる。 将校のほとんどが従わず辞めたが、兵は従った。 兵にとって、指揮官のほうが国家より近い。
独裁官として、名簿による粛清をした。 同時に、元老院の定員を倍にし、 護民官の権限を削り、官職の順序を法で固めた。 共和政を修復する意図の改革だった。
修復した本人が、そのやり方で共和政を壊した。 引退して2年で死ぬ。 墓碑銘は「友には誰よりもよく、敵には誰よりも悪くした」と伝わる。