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Person / 人

ターハー・フセイン

Taha Hussein
AD1889年11月14日 – AD1973年10月28日(享年83)
エジプト重要度 3

概要

3歳で失明し、アラブ近代文学の中心になった。ジャーヒリーヤ詩の真正性を疑って論争を起こし、教育の無償化を進めた。

関わったできごと(1)

教育の無償化(エジプト)AD1950年 · 大臣

本文

3歳で失明した。

眼病の手当てを、村の理髪師に任せた結果になる。

村の学校で古典を暗記し、 カイロのアズハルへ進み、そこの教え方に反発した。

新設のエジプト大学に移り、 のちにソルボンヌで博士号を取る。

1926年、『ジャーヒリーヤ詩について』を書いた。

イスラーム以前の詩とされるものの多くは 後世の偽作ではないか、という論になる。

方法は、デカルトの懐疑を持ち込んだものだった。

まず疑い、証拠から確かめる。

猛烈な反発が起きた。

議会で問題にされ、大学を追われる。

のちに文部大臣になった。

そこでやったことが、教育の無償化になる。

「教育は水と空気のようなもの」と言った。