概要
3歳で失明した文学者が文部大臣として進めた。「教育は水と空気のようなもの」。中等教育が無償になり、大学へ行ける層が変わる。
場所
カイロ
30.04°N 31.24°E · エジプト
30.04°N 31.24°E · エジプト
関わった人(1)
ターハー・フセインAD1889年11月14日–AD1973年10月28日 · 大臣本文
3歳で失明した。
眼病の手当てを、村の理髪師に任せた結果になる。
村の学校で古典を暗記し、 カイロのアズハルへ進み、その教え方に反発した。
新設のエジプト大学に移り、ソルボンヌで博士号を取る。
1926年、『ジャーヒリーヤ詩について』で猛烈な反発を受け、 大学を追われた。
疑うことから始める方法を、古典に持ち込んだためになる。
のちに文部大臣になった。
そこでやったことが、教育の無償化になる。
初等教育は既に無償だった。
中等教育を無償にした。
「教育は水と空気のようなもので、 すべての市民の権利である」。
大学へ行ける層が変わった。
農村の子が、学校を通って都市の職に就く道ができる。
その世代が、1952年以後のエジプトを動かす。
自伝『日々』は、いまもアラブの学校で読まれている。