概要
イギリスが金との交換をやめ、各国が続いた。世界を一つに縛っていた仕組みが外れ、通貨のブロックに分かれていく。ポランニーはここを19世紀文明の終わりに置いた。
場所
ロンドン
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド
本文
19世紀の後半、主な国の通貨は金と交換できた。 それは同時に、国の政策を縛る仕組みでもあった。 金が出ていけば、金利を上げ、賃金を下げ、失業を受け入れるしかない。
1929年からの恐慌で、その縛りが耐えられなくなった。 1931年9月、イギリスが金との交換を停止する。 80年以上守ってきたポンドの約束を、政府自身が破った。
各国が続いた。 アメリカは1933年、フランスは1936年。 世界は、それぞれの通貨のブロックに割れていく。
ポランニーは、この瞬間を19世紀文明の終わりに置いた。 自己調整的な市場という理念が、社会の側の圧力に耐えられなくなった、という読み方になる。
そしてその後に、三つの答えが同時に出た。 アメリカのニューディール、ソ連の計画経済、ドイツのファシズム。 どれも、市場を社会の側に従わせようとする試みだった、と本は言う。
出典(1)
カール・ポランニー(野口建彦、栖原学 訳) 『大転換 市場社会の形成と崩壊』第1部(19世紀文明の崩壊)