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Event / できごと

イタリアのエチオピア侵攻

Italian invasion of Ethiopia
1935年 – 1937年
期間を持つできごと重要度 4

概要

毒ガスが使われた。国際連盟は止められず、集団安全保障が機能しないことがはっきりする。

場所

アディスアベバ
9.03°N 38.74°E · エチオピア

関わった人(2)

ベニート・ムッソリーニAD1883年7月29日–AD1945年4月28日 · 侵攻を命じたハイレ・セラシエ1世AD1892年7月23日–AD1975年8月27日 · 国際連盟で訴えた

本文

イタリアが、エチオピアを侵略した。

40年前のアドワの敗北への報復という面がある。

毒ガスが使われた。 イペリットを航空機から散布している。

ジュネーヴ議定書で禁止されていた。

国際連盟は、経済制裁を決議した。

だが、石油が対象から外された。 スエズ運河も閉鎖されなかった。

イギリスとフランスが、 イタリアをドイツ側へ追いやることを恐れたためになる。

制裁は効かず、翌年に併合された。

そして制裁は解除された。

集団安全保障が機能しないことが、 誰の目にも明らかになった。

ヒトラーは、この経過を見ている。

同じ年、ラインラントへ進駐した。

同じ時代のできごと

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