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Person / 人

ハイレ・セラシエ1世

Haile Selassie I
AD1892年7月23日 – AD1975年8月27日(享年83)
エチオピア帝国重要度 4

概要

イタリアの侵略を国際連盟で訴え、聞き入れられなかった。その演説はいま集団安全保障の失敗の記録として読まれる。

関わったできごと(2)

イタリアのエチオピア侵攻1935年 · 国際連盟で訴えたハイレ・セラシエの国際連盟演説AD1936年6月30日 · 当人

本文

「ハイレ・セラシエ」は「三位一体の力」を意味する。

摂政を経て、皇帝になった。

憲法を制定し、奴隷制の廃止を進め、 国際連盟に加盟した。

イタリアが侵攻したとき、 国際連盟の総会で自ら訴えた。

毒ガスの被害を具体的に述べ、 「今日は我々だ。明日はあなたたちだ」と言った。

制裁は、2か月後に解除された。

亡命して5年、イギリス軍とともに帰国した。

アフリカ統一機構の設立に尽力し、 本部をアディスアベバに置かせた。

一方、国内の改革は遅れた。

1973年の飢饉への対応が問われ、 翌年、軍の革命で退位させられた。

翌年、幽閉先で死んだ。

ジャマイカのラスタファリ運動では、 いまも救世主として崇敬されている。