概要
侵略された国の元首が直接訴えたが、制裁は解かれた。「今日は我々、明日はあなたたちだ」という一節が残る。
場所
ジュネーヴ
46.20°N 6.14°E · スイス(CERN・国際機関)
46.20°N 6.14°E · スイス(CERN・国際機関)
関わった人(1)
ハイレ・セラシエ1世AD1892年7月23日–AD1975年8月27日 · 当人本文
侵略された国の元首が、 国際連盟の総会で直接訴えた。
イタリアの記者が、 議場で口笛を吹いて妨害した。 一時退場させられている。
演説の中で、 毒ガスによる被害を具体的に述べた。
そして、こう言った。
「今日は我々だ。明日はあなたたちだ」。
集団安全保障が守られなければ、 次に同じことが起きるのは他の小国だ、と。
制裁は、その2か月後に解除された。
3年後、第二次世界大戦が始まる。
1941年、イギリス軍とエチオピアの抵抗勢力が イタリア軍を駆逐し、彼は帰国した。
亡命から5年になる。
1974年、革命で退位させられ、翌年死んだ。