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Event / できごと

アムリトサル虐殺

Jallianwala Bagh massacre
AD1919年4月13日
重要度 5

概要

広場に集まった非武装の群衆へ発砲した。この事件が、穏健な協調路線を独立運動へ変える。

場所

アムリトサル
31.63°N 74.87°E · インド・パンジャブ州

本文

出口が一つしかない広場だった。

集会禁止令が出ていたが、 知らずに来た者も多い。祭りの日だった。

ダイヤー准将が、 警告なしに発砲を命じた。

10分、弾が尽きるまで撃った。

公式の死者数は379人。 インド側の推計では1000人を超える。

井戸に飛び込んで死んだ人が多数いた。

ダイヤーは、後の調査で 「もっと多くを殺せたはずだが、弾が尽きた」 と証言している。

イギリス本国で、彼を英雄視する募金が集まった。

タゴールがナイトの称号を返上した。

ガンディーは、それまで イギリスとの協調に望みを持っていた。 この事件で、それを捨てる。

穏健な協調路線が、独立運動に変わった。

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