概要
「やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君」。22歳の女性が恋と体を歌って、罵倒された。4年後、日露戦争の弟に「君死にたまふことなかれ」を書いて、また罵倒された。
場所
35.68°N 139.77°E · 日本・東京都
関わった人(1)
与謝野晶子AD1878年12月7日–AD1942年5月29日 · 歌人本文
鳳晶。 堺の駿河屋。 羊羹。 父は店の主人で、 本を読んだ。 晶子は店番をしながら、 『源氏物語』を。 1900年、 『明星』。 与謝野鉄幹。 新詩社。 8月、 大阪で。 鉄幹には妻がいた。 林滝野。 子も。 11月、 京都。 粟田山。 「清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき」。 1901年6月、 家を出て、 東京へ。 鉄幹の家。 滝野は、 出ていった。 8月15日、 『みだれ髪』。 東京新詩社、 伊藤文友館。 399首。 藤島武二の装丁。 ハート形の中に、 女性の顔。 アール・ヌーヴォー。
「やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君」。 「その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな」。 「春みじかし何に不滅の命ぞとちからある乳を手にさぐらせぬ」。 「乳房おさへ神秘のとばりそとけりぬここなる花の紅ぞ濃き」。
「淫奔」。 「猥褻」。 「恋愛至上」。 大町桂月。 「不道徳」。 鉄幹は、 「文壇照魔鏡」で、 「女を騙す」と攻撃された。 10月、 結婚。 上田敏、 「明治の恋愛の宣言」。 石川啄木、 「みだれ髪を読んで、 新しい歌を知った」。
1904年9月、 『明星』。 「君死にたまふことなかれ」。 弟の籌三郎が旅順に。 「旅順の城はほろぶとも、 ほろびずとても、 何事ぞ、 君は知らじな、 あきびとの家のおきてに無かりけり」。 「すめらみことは、 戦ひに、 おほみづからは出でまさね」。 大町桂月、 「乱臣なり、 賊子なり、 国家の刑罰を加ふべき」。 晶子、 「歌は歌に候」。 「ひらきぶみ」。 「まことの心をまことの声に出だし候」。 1942年、 死んだ。 63歳。 「水軍の大尉となりてわが四郎み軍にゆくたけく戦へ」。 1942年。 四男。 両方を、 書いた。 両方が、 本当だった。